革命家・外山恒一連続公演

  マイ・マジェスティ

 公演レポートvol.3【千の仮面を持つ少女】

(2001.4.23 第2回刑事公判)


 前の強盗事件の裁判が押して、ぼくの裁判は予定より約15分遅れの午前11時15分頃、開廷した。
 被告人席に着席すると、裁判長が開廷を宣言する。
 年度が変わったため、裁判所と検察庁に人事異動があったらしく、裁判長は前回と同じ林秀文氏だが、正面中央の林氏の両側に、今回から新しく裁判官を「合議」で務めることになった2人が座っている。
 こないだ古本屋で購入した河上和雄『「犯罪捜査と裁判」基礎知識』(講談社文庫)によると、「第一審の地方裁判所の場合、比較的軽い事件については、担当する裁判官は一人。それが重い事件になると、三人になる」ということだ。つまり、この一見軽微な傷害事件が、ぼくの思惑どおり(?)、「重い事件かも……」と裁判所の認識を改めさせるに至り、年度の節目を機に、「合議」体制に変更されたということだろう。
 「三人で審理する場合は、中央に座っているのが裁判長。その右側(向かって左側)にいる裁判官は『右陪席』、左側(向かって右側)は『左陪席』と呼ばれている」(同前)とのこと。もちろん裁判長が一番権限を持っているのだが、「右陪席と左陪席については、法律上の権限は同じ。ただし、ふつうは中堅クラスの裁判官が右陪席、司法修習を終えたばかりの若い裁判官は左陪席に座る習慣になっている」らしい。ということは、ぼくから見て左側に座っていた一木泰造裁判官が右陪席、右側に座っていた女性の永井美奈裁判官が左陪席ということになる。
 裁判官の手前、一段低いところに、書記官と速記官が座っている。書記官は茶髪の青年だ。
 ぼくの座っている被告人席のすぐ目の前には、証言台がある。
 証言台を挟んで(ぼくから見て)右側にS弁護士が、左側に検事の席があり、向かい合って座っている。ちなみに検事も、人事異動で別の人に変わった。前回の“PTAオバサン系”の女性検事に代わって、今回からは、“実直な役人ふう”の山崎敬二検事が担当する。
 弁護人席の奥、法廷の隅に2人の青年が座っていて、「司法修習生」の札がかかっている。
 後ろをチラッと振り返ると、10人以上の傍聴人が座っている。ぼくが「特別弁護人」として選任許可を申請し、裁判長に却下された、「舞踏青龍會」主宰のH伸雄氏も来ている。自称「被害者」であるAの、民事での法定代理人・H 弁護士も来ている。もし、ぼくの申請が受理されていたら、ぼくの弁護人もAの弁護人も共に「H」であるという、ややこしいことになっていたところだ。もちろん、例によって当事者意識の欠如しているA本人の姿はない。ザッと見回したところ、傍聴人の中に、ぼくの知らない顔は2人だけ。ハゲで白髪の初老の男性と、年齢不詳の、30にも50にも見える女性である。Aの関係する政治グループの者か、それとも単に裁判所見物に来た「国民」か、あるいは公安だったりして……。他は全員ぼくの顔見知りである。後で数えると、11人いて、中には先日、遠藤ミチロウのライブで知り合ったロック兄ちゃんや、街頭ライブ仲間のパンク少年も来ている。長年の活動仲間であるタクローや、今回の裁判で「法廷スケッチ」を担当しているイラストレーターの上山、裁判のせいで頓挫してしまっているマルコム・マクラレン計画の女性ボーカリストの姿もある。どうやら「だめ連魂注入棒」が必要らしい矢野の姿はない。そんなわけで、今日の傍聴人は全部で14人だ。
 前述したように、今回は裁判の体制が変わったために、予定されていたAの証人尋問は中止され、前回やったのと同じ、裁判開始のための手続き的な作業をもう一度くりかえすことになる。
 「裁判長!」
 とぼくは挙手し、発言を許可される。「開廷にあたって、お願いしたいことがあります。前回、私は開廷時間に遅刻してしまい、傍聴者をはじめ、裁判官、検事、弁護士ら、この場にお集まりのみなさんに大変ご迷惑をおかけしました。このことを心から反省し、以後、そのようなことのないよう留意する所存ですが、前回、そのような経緯があったために、焦りや負い目の感情から、きちんと主張すべきことをきちんと主張せず、不本意な妥協をしてしまった側面、なきにしもあらずです」
 「傍聴者を始め……」などと裁判官よりも傍聴人を重視するのがぼくらしいところか。「この場にお集まりのみなさん」なんて呑気なくくり方も、わざとである。ほんとは、「この場に結集されたみなさん」なんてやりたかったんだけど。
 ぼくはさらに発言を続ける。
 「また、ご覧のとおりこの裁判には、多くの傍聴人が来てくれています。裁判公開の原則と精神にもとづき、何が争われている裁判なのか、傍聴人にもよく分かるように配慮する義務が、裁判所にはあると考えます。以上の理由から、今回の公判は前回の公判と基本的には同じことをくりかえすと聞いておりますが、どうか、そのために検事による起訴状朗読や冒頭陳述などの手続きを省略することのないよう、お願いいたします」
 ぼくは持参したノートにあらかじめメモっておいたセリフを読み上げた。ほんとは、メモを利用することの許可を求めるセリフもメモっておいたのだが、実際メモを読み上げていることについて裁判官がとくに何も云わなかったので、その部分は省略した。
 裁判長は、ぼくの要望にはとくに何も答えず、人定質問に入った。
 氏名、生年月日、本籍、現住所、そして職業を訊かれる。
 待ってました!
 「前回も申し上げたとおり、私の職業は革命家です」
 さあ来い!
 ぼくは身構えたが、裁判長は淡々と人定質問を終えた。
 おいおいおいおい。前回、「革命家という職業は、聞いたことがないんですが……」なんて云ってたじゃないか。なんで今日はそれ云わないんだ? 「省略すんな」と云っただろう。こっちは、今回は「不本意な妥協」をすまいと、ぼくがあくまでも革命家であることにこだわる理由、革命家という職業の定義、実際の革命家としてのぼくの収入源など、全部セリフとして準備万端ととのえていたというのに、ちょっと拍子抜けだ。まあ、裁判長もぼくの職業を革命家であることを認めたと、善意に解釈しておこう。せっかく用意したセリフは、民事用にとっておくことにする。
 検事による起訴状朗読は、ちゃんと要求したにもかかわらず省略されてしまい、罪状認否に入る。
 「前回あなたは、『加療四三日間を要する』という負傷の程度については分からないが、『右外傷性鼓膜穿孔の傷害を負わせた』という事実については認める旨の発言をしましたが、変更はありますか?」
 と裁判長が問うので、ぼくが発言する。
 「詳しいことは今後、法廷で徐々に明らかにしていく所存ですが、以下の理由で、私は無罪を要求します。簡単に述べます。第一に、今回の傷害事件については、事件約3ケ月後の99年6月17日に、当事者同士の間で、示談が成立していること。第二に、被害者が事件から1年以上を経た後に告訴した背景には、政治的目的が存在すること。第三に、警察は当初、不介入の態度だったが、1年以上を経た後、むしろ警察の側から告訴を求めるという不自然な経緯は、警察の側にも、起訴に際して単に犯罪を処罰するというだけではない特殊な動機が存在することをうかがわせるものであること。以上の3点から、私は今回の起訴そのものに不当性を感じ、これを不当起訴として無罪を要求するものであります」
 そう云って、着席。
 「弁護人は、何か発言がありますか?」
 S氏が立ち上がり、
 「とくにありません」
 とだけ云って着席する。
 「他に現時点で何か申し述べたいことがありますか?」
 と裁判長がさらにぼくに問う。
 ぼくはまた立ち上がる。
 「先に述べたような論点を、私はくりかえし指摘しているにもかかわらずこれを視野に入れようとせず、単純な男女間の暴力事件として本件を処理しようとするS弁護士の……」
 一呼吸置いて、チラッとS氏を見る。「S弁護士の無能、あるいは不誠実に対して、私は大いに不満であり、これまで2度にわたって解任を求める上申書を提出していることは、裁判長もご存じのとおりです。私はこの場で、改めてS弁護士の解任、および新しい国選弁護人の選任を求めるものです」
 傍聴人によれば、S氏の表情が、ちょっと引きつったように見えたということだ。ショボい傷害事件の被告に、「無能」呼ばわりされたのだから、無理もない。しかもこっちは、低学歴のプータローである。難しいらしい司法試験を突破した弁護士のプライドも傷つこうというものだ。
 「弁護人を私選することは考えていませんか?」
 と裁判長。
 「私は貧困のため、弁護士を私選で雇うような経済的余裕がありません。そこで次善の策として、私の信頼できる人物を、特別弁護人として選任許可をいただきたい旨の申請をおこないましたが、これも受理されなかったことは、裁判長もご存じのとおりです」
 特別弁護人制度というのも、最初の方に書いた『「犯罪捜査と裁判」起訴知識』で知った。刑事訴訟法第31条に、刑事裁判第一審に限って、弁護士資格のない者を、弁護人に選任することができる旨の規定がある。ただし、他に国選弁護人など、弁護士資格のある弁護人がすでについていること、裁判官の許可を必要とすること、という2つの条件付きである。H伸雄を特別弁護人に、という申請は、すでに一度、却下されていた。
 「これまでの解任を求める上申書に記載されていた内容と、あまり事情の変化はないと思われるので、職権の発動はおこないません」
 つまり、3度目の解任要求の却下を、裁判長は宣言した。まあ、今日はこれで仕方あるまい。S氏も、本音としては解任されたいようで、「事情が変わりましたとか云って、解任請求をバンバン連発すれば?」なんて卑劣な言動をくりかえしているので、今後もS氏の「助言」に従い、ことあるごとに「解任請求をバンバン連発」するつもりである。ただし、正式に解任が認められるまでは、「プロ」として、弁護士の職務をまっとうしてもらうが。
 次に検事が立ち上がり、新たな「証拠」の提出を求めた。
 ぼくのホームページからプリントアウトした、約1年前の、山の手緑へのテロ事件に関するレポート、およびぼくの「活動年譜」である。
 ぼくは証言台の前に立つよう命じられ、検事が寄ってきて、それら新たな証拠類を、1枚ずつ確認させる。
 ぼくは今回、Aへの「傷害」容疑で起訴されているのであって、当該事件とはまた別の暴力事件に関する文章や、活動年譜など持ち出すのは本来不当である。ぼくには、検事が提出を希望する証拠類について、同意・不同意を表明する権利があり、ぼくが不同意とした部分については、検事は墨塗り状態で証拠提出しなければならなくなる。これまで検事が提出した証拠類について、ぼくが同意したのは、ぼくとAの供述調書(1、2、3、4)のみで、それ以外の、例えば『AERA』に掲載されたぼくへのインタビュー記事など、当該の「傷害」事件と無関係なものについては、すべて不同意としてきた。
 だが、今回から、ぼくは方針を変えることにした。
 検事が提出する証拠類について、すべて同意する。同意は、それら証拠類がどのような意味を持つかという検事の主張自体への同意を意味するものではない。単に、それらが証拠として提出されること自体への同意である。
 単なるありがちな痴話喧嘩にすぎなかった事件が、事件から1年以上を経る過程で徐々に政治問題化したために不当起訴が成立した、という事情を明らかにするためには、検事が不当に提出するたくさんの本来無関係な「証拠」は、むしろこちらに有利なものとなるとの判断からだ。もちろん、ぼくの側も、「傷害」それ自体とは本来無関係だが、この政治裁判の政治性を明らかにするためには意味を持つ別のたくさんの証拠類を、提出しやすくなる。
 新たに検事が提出を希望した2つの証拠について、裁判長がS弁護士に発言を求める。
 「同意します。また、これまで不同意としてきたすべての書証類についても、不同意を撤回し、同意と変更することを、被告人が述べています」
 裁判長が、弁護側が不同意を同意と変更する証拠類について、検事と弁護士にひとつひとつ確認していく。
 「甲第8号証については……」「甲第11号証については……」なんていうやりとりが、裁判長、検事、弁護士の間でくりかえされる。
 何号証がどの証拠のことを指すのか、被告人であるぼくですらよく覚えていないぐらいだから、このやりとり、傍聴人にはさらにチンプンカンプンであったろう。近々確認して、一覧表にして公表しておこうと思う。
 S氏も、弁護側の証拠を提出する。「乙第1号証」と云っていたから、弁護側から提出される、初めての証拠ということなのだろう。99年6月17日に、メンズリブ福岡代表の原健一と、札幌の共通の友人である宮沢直人を立会人として、ぼくとAとの間で取り交わされた「協定書」、つまり示談の成立を裏付ける証拠である。
 今日の手続きは、これでだいたい終了である。
 次回公判についての打ち合わせに入る。
 検事が、Aの証人尋問を撤回するなどと云い出した。
 つくづく卑劣な女である。まあいい。いずれ、こっちから証人要請すればいいだけの話だ。安全圏から他人を告発しようなどというムシのいい話は、ぼくが絶対に許さない。必ずAを、法廷に引きずり出し、この裁判で、本当の意味で裁かれるのはA自身だということを、思い知らせてやる。
 そんなわけで次回公判は、被告人尋問、つまりぼくへの尋問ということになった。弁護側、検事側、それぞれ30分の尋問を要求し、裁判長がこれを認める旨の発言をした。
 あとは、日程調整である。裁判長が、2つの案を出し、S氏の都合を訊く。そういうものなんだろうが、被告人であるぼくの都合は、一切勘案されない。
 「次回公判は、6月6日午前10時から、1時間半とします」
 という裁判長の宣言で、正午前に第3回公演(刑事第2回公判)は、約30分で終了した。5月8日が民事第2回公判である通算第4回公演なので、「1ケ月程度の余裕が欲しい」旨のセリフも用意していたのだが、それを口にするまでもなく、ぼくももともと期待していたとおりの日程となった。
 閉廷後、例によって数人の傍聴人と、裁判所近くの喫茶店に移動。前回の話題の的は、例のオバサン検事だったが、今回の山崎検事はあまり人気がない。茶髪の若い書記官も話題に上ったが、もっとも傍聴人の注目を集めていたのは、なんと一度の発言もなかった左陪席の永井美奈裁判官であった。「かわいい、かわいい」などの意見が続出した。「職場の花」なんてサベツ発言も出る始末。ぼくは公判中ずっと裁判長とのやりとりに気をとられて、うっかりしていたが、そう云われてみればそんな気もするぞ。誰が演じてたっけ、『伝説の教師』のスクール・カウンセラー役、あんな感じの雰囲気だったような印象がおぼろげにある。不覚。次回はちゃんと「鑑賞」することにしよう。

 次回公演 2001年5月8日(民事第2回)
          6月6日
(刑事第3回)


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