革命家・外山恒一連続公演

  マイ・マジェスティ

 公演レポートVol.6【太陽が黄色かったから】

(2001.6.20 第4回刑事公判)


 今日の公演は、あんまり面白くはならないだろうとあらかじめ予測していた。検事が一方的に喋り(論告求刑)、弁護士が一方的に喋り(弁論)、ぼくが一方的に喋る(最終陳述)、そういう日だ。いくつか傍聴者を楽しませるための「工夫」も準備したが、果たしてどうなるか。
 午前10時半、開廷。
 「それではまず検事側から……」
 と裁判長が云い出したので、
 「裁判長!」
 と挙手して立ち上がる。「今日の法廷においてS弁護士がどのような弁論をするつもりなのか、私が執筆する最終陳述書の内容との整合性や影響も考慮するため、事前にある程度の打ち合わせが必要だと考え、連絡を取り合いたい旨、S弁護士に伝えたのですが、結局、S弁護士は、前回の公判以後、今日まで一度たりとも私に何の連絡もしてきませんでした。これでは公正な裁判を受けられないと考え、この場で4度目の国選弁護人解任を申し立てます」
 と用意したセリフを読み上げた。
 「合議のため、いったん休廷します」
 開廷2分ぐらいでいきなり休廷。裁判官3人が、国選弁護人解任を認めるかどうかを協議して決めるため、奥の部屋へ消える。
 傍聴席には、常連を含め、10数名の客が入っている。どうみても市民運動ヅラをした、A側と見られる者も何名か混じっている。最近、タレコミがあったのだが、A側、というか要するにAを取り囲み告訴をそそのかしたクサレ外道の「左」翼市民運動家・花房俊雄たちはかなり慌てているらしい。ぼくの周りに、若者がいっぱい集まっていて、傍聴も多いと知って、想像力貧困な花房は、ショックを受けていたという。奴らはぼくが、孤立して一人ぼっちで途方に暮れているだろうと浅はかにも考えていたらしいのだ。やっぱり、花房らクサレ外道たちの狙いは、ぼくを消耗させて政治的に潰すことにあったのだ。
 刑事と民事で訴訟を起こし、ぼくが慌てて誰か弁護士を立て、A側のH 弁護士との取引があって、チャンチャン、というのが向こうの抱いていたシナリオなのだ。訴えたのが逆効果で、ぼくが却って元気一杯になっていると聞いて、花房らがむしろ慌ててスパイを送り込んだと見える。花房らが直接登場したのでは、告訴の背景に政治的目的がある、というぼくの主張に説得力を与えてしまうからな。ざまーみろ。
 10分近く経って、裁判官3人が再び入廷し、裁判再開。
 「弁護人とは別に、あなたにも発言の機会をきちんと保証しますから、それでいいですか」
 と裁判長が訊いてくるので、
 「それは、解任するかどうかの判断留保、ということですか?」
 「いいえ。職権の発動はおこないません」
 つまり却下ということ。
 「それでは」
 とぼくはまた立ち上がる。「私はこの公判で、私選で弁護士を雇う資金を持たない貧乏人が、いかに自己の権利を守るかということをテーマのひとつとしてきました。4度にわたる国選弁護人解任請求、特別弁護人の選任申請、そして絶対に必要な4名の証人申請、すべて却下されました。私たち貧乏人には公正な裁判を受ける権利がないということですか? 私は、あなたに対して人柄的にはそんなに悪い印象を持ってはいないので、残念ですが……」
 ここで『小六法』を客席に見えるようにかかげる。「刑事訴訟法第21条に基づき、不公平な訴訟指揮をおこなっているという理由から、裁判長の忌避……」
  傍聴席をふりかえる。「つまり……」
 向き直って裁判長を指さす。「あなたの解任を申し立てます」
 傍聴席から拍手。
 「今、拍手したのは誰ですか」
 裁判長が傍聴席に目をやる。
 やっぱりハリマである。
 前回、さんざん野次など飛ばして目をつけられて、今日は最初から、ハリマの周囲を3、4人の裁判所職員が取り囲んで座る「ハリマ・シフト」が敷かれていた。
 「退廷を命じます」
 職員が、ハリマを法廷の外へ連行した。
 休廷中に入ってきたハリマは今回、たったの2分ほどしか法廷にいられなかったわけだ。
 また休廷になるかな、と思ったが、今度は裁判長は、左右の裁判官と何やら小声でこそこそと話し合っている。
 「検事と弁護人の意見も聞きたいと思います。検事はどうですか」
 検事が立ち上がる。
 「すみやかに却下を願います」
 「弁護人は?」
 S氏、立ち上がる。
 「特にありません」
 裁判長が、決定を伝える。
 「被告人の申し立ては、裁判を遅延させる目的によるものと判断し、簡易却下します」
 遅延させる目的……。違うんだけどなあ。ぼくは、被告人にはこういう権利もあるんだって、知らなかったでしょ、と客に「へー」と思わせる目的でやっているのだ。
 「この申し立てに対しては、合議で決めると条文にはありますが」
 「さきほど合議しました」
 こそこそ話し合ったことを云っているのだろう。
 ま、これ以上やることはない。
 検事の論告が始まる。

 まず、事実関係について、その証明は十分である。
 情状面だが、犯行動機は身勝手な欲望によるもので、犯行後の態様も悪質である。まったく情状酌量の余地はない。
 99年1月、Aが妊娠を告げたことに対し、これを突き放す冷淡な態度をとり、そのことによってAが被告人に対する態度を変えるや否や、逆に追いすがるようになった。
 被告人は、Aへのもどかしさや苛立ちが鬱積した結果、犯行に至ったなどと主張しているが、そんなものは人間関係においていくらでも起き得る当然のもので、犯行を正当化する云いわけにならない。動機は身勝手で自己中心的な被告人の性格によるもの、犯行態様も無抵抗のAを数分間も一方的に殴り続けるなど、極めて執拗で、Aへの常軌を逸する執着心も感じさせる悪質極まりないもので、情状酌量の余地なし。Aが、丸一日、体が動かないなどの打撲により、受けた恐怖や肉体的苦痛は大きい。
 Aには何の落ち度もない。殴られている間、ただ嵐が過ぎ去るのをじっと耐えて待つしかなかった辛さ、精神的苦痛は計り知れない。
 しかも被告人は、本件後、約1年にわたってAにイヤガラセを続け、謝罪することなど一切なく、むしろ逆に攻撃するなどの態度をとったため、Aは告訴後も不安な日々を送っている。Aが被告人を厳重処罰するよう求める旨、調書などで述べているのも当然である。
 被告人は本法廷や調書でも、犯行について、「ありがちなこと」「とくに反省していない」「傷つけ合ったのはお互い様」などと述べるなど、反省している様子は一切、見られない。
 別れを告げられた後も、被告人は、ビラ、ネット、雑誌『AERA』等で、ストーカー行為を正当化するような言動をくりかえし、Aの受ける被害は拡大する一方であった。
 無反省、自己中心的で、犯行を正当化する言動に終始し、順法精神のかけらも見られず、再犯の可能性も高く、実刑相当と考える。
 Aが厳重処罰を求めるのも当然で、被告人は、自らの加害者性をうすめ、責任を相手になすりつけて自己正当化を図り、Aやその新しい交際相手であるFに腹を立てているなどと法廷でも述べている。加害者のくせに被害者意識が強く、Aへの攻撃は止む気配がない。放っておけば、Aの受ける被害は今後さらに深刻になりかねない。
 被告人が99年10月に発行したビラでは、AやFへの報復感情も表明されており、異常な復讐心を感じさせるもので、今後も、有形無形の復讐行為がくりかえされる可能性がある。
 その言動の反社会性を鑑みても、施設内での矯正生活をさせる必要がある。
 執行猶予なしの懲役1年を求刑する。

 なんだ。たったの1年か。
 ほんとはここでハリマが、「死刑にしろ!」とヤジを飛ばす予定だったのだが、傍聴席にはもうハリマの姿はない。合掌。
 次はS氏の弁護人弁論。

 公訴事実については争わない。
 しかし、Aが被告人を告訴したのは、事件から1年以上も後で、不自然さを感じさせる。事件当時、Aには被告人を処罰したいという感情はなかったものと思われる。むしろ交際中の私的な男女問題だとAが認識していたことは、「当時、外山とはまだ付き合っていた状態」だったとA自身が、調書の中で述べていることである。だからこそ、犯行後も頻繁に会ったり、セックスしたりといった状態がしばらく続いたものである。
 また、Aの述べているストーカー行為の事実は、被告人自身、主張しているように疑問があるが、Aは「ストーカー行為をやめさせる手段として」告訴したと調書にもある。
 Aは事件後もしばらく被告人と交際を続け、また別れた後、ストーカー行為を受けていたという時期にも、今回の容疑で被告人を告訴したいとは思っていなかったことが、傷害容疑での告訴は警察から勧められたものだとA自身が調書で述べていることからも判断できる。
 事件約3ケ月後に成立した「協定書」についてだが、その交渉過程でも、本件事案について話題には上ったものの、その補償などの要求は一切なかったと、被告人は述べている。ここからもAが本件に対して処罰感情を有していなかったことが推測される。
 また、警察が99年8月、器物損壊の容疑で被告人を取り調べているが、その際、本件傷害の事実についても言及があったが、結局、器物損壊でも傷害でも立件は見送られた経緯がある。このことは、Aも供述調書の中で認めているし、また被告人の供述とも一致している。Aは被告人に対し、当時、処罰感情を有しておらず、それもあって警察としても立件するつもりはなかったと見られる。
 Aが主張するストーカー行為の事実については大いに疑問がある。ストーカー行為をやめさせたいのなら、ストーカー規制法で告訴すればよいのであり、傷害容疑で告訴したのはいささか筋違いの感がある。
 犯行動機についてだが、交際の過程で鬱積していた不満などが主であり、性交渉の拒絶は、単に犯行を誘発するきっかけとなったに過ぎないことは被告人自身が述べているとおりである。また、暴力は日常的なものではなかった。
 被告人特有の独特な云い回しによってではあるが、後悔や反省の念も表明されている。
 前科はない。
 執行猶予相当の事件である。

 ま、そんなところだろうな。
 ぼくにとっては不本意だが、弁護士としてプロとして、最低限のことはやってくれているな、という感じ。ご苦労様。
 さて、ついにぼくの出番だ。
 証言台の前に座らずに立ち、持参した筒を掲げる。
 ポンッという音とともに蓋を開け、中から巻物を取り出す。
 最終陳述の原稿である。
 実は夜中、タクローのバイト先のカラオケ屋に行き、部屋を借りて広いテーブルで作業し、作り上げたものである。
 裁判所に提出する書類は、原則としてA4判とされているのだが、被告人が手元において読むものの書式は決まっていない。内容も長さも自由だ。
 原稿を、まず友人宅へFAXで送った。江戸文字書体のデカい字で、縦書きだ。全部でA4が70枚、これをつなぎ合わせると、15メートルになる。芯を入れて、巻物状にし、卒業証書用の筒を買ってきて中に入れた。
 つなぎ合わせるのに2時間かかった。一度、カラオケ屋でそのままリハーサルをしたが、読み上げるのに1時間。余った時間はそのまま先生の御製歌を歌って費消したことは云うまでもない。
 読み進むにつれ、足元に長ーい紙が溜まっていく。
 検事も、傍聴席にいたAの民事での弁護士・H も、最初の5分くらいは何やら懸命にメモしていたらしいが、次第にバカバカしくなってきたのか、ただボケッと読み終わるのを待っていたという。
 詳しくは、「被告人最終陳述」全文を読んでもらいたいが、なかなかの力作である。
 まず、Aによるぼくへの「多数回にわたる」精神的暴力の被害についてえんえん述べたてる。Fによるストーカー行為のデッチ上げについて、Aのメモから逐一引用し、「振り向いてニヤリと笑う」のところでは、傍聴席を振り向いてニヤリと笑ってみせた。これらFのデッチ上げを信じたAの姿に、ぼくがいかに傷ついているか、しつこく主張、その上で、しかし最終的に今回の告訴によって、その意図はどうあれ、ぼくを結果的には元気づけ、回復するきっかけを与えてくれたAに心からの感謝を表明。ぼくは、Aへの恩返しのために、今度はぼくがAを救うために、徹底的にAと戦うのだ。「やさしさだけじゃ人は愛せない」とブルーハーツを引用した箇所では、実際に歌った。唐突に歌いだしたので裁判長もうっかりしたのか、そんなにメロディアスなフレーズではないし、しかも短いために注意する機会を逸したのか、無事に歌えた。
 ちなみに陳述ではブルーハーツもダウンタウンも「政治団体」呼ばわり。「松本人志同志」などと敬意を表した。永山則夫やカストロには「先輩」を、中島みゆきやゴルゴ13には当然、「先生」をつけた。
 んで、本論に入る。
 不当起訴だとして、無罪判決を要求。事実上の示談の成立、政治的目的の存在、警察が送検した不純な動機、実質的に「ストーカー行為」についての“別件”による立件であるという4点がその根拠だ。
 実家とうまくいっていないAの親代わりの役を果たしている市民運動家・花房俊雄と並べて、傍聴席にいるH の名前を何度も連呼し、声を大にして「歪んだ正義」「歪んだ正義」としつこいくらい云ってやった。
 「以下は蛇足」としながら、「弁護士が信頼に値しないため仕方なく」、フツーの弁護を自分でやった。要するに、情状面における減刑の根拠となり得るさまざまについてである。
 まず前科・逮捕歴の有無。そして動機に同情の余地があるか否か。再犯の可能性。
 再犯の可能性の有無に関連して、暴力論を展開する。検事も弁護士も裁判官も、誰一人として今後一生、他人に暴力をふるわないなどと100パーセント断言できる人物はいないはずだ、法の番人たる裁判官やその妻ですら、「どこの裁判所の話であったかは忘れてしまいましたが」(福岡高裁である)犯罪に手を染めることがあるのだと力説。だいたいこの法廷そのものが、警察力などの暴力によって支えられ、成立しているのだと“法廷侮辱もの”の指摘をした。
 人間の持ち得る両極の美学を象徴するものとして、ジュリーと中島みゆき先生の歌詞を引用し、そのどちらにも暴力の気配が感じられる、つまり暴力と無縁であり得る人間など一人も存在しないはずだと主張。ジュリーをいきなりモノマネで歌い始めたら、さすがに裁判長に、
 「歌うのはやめなさい」
 と注意された。
 「歌詞というものはメロディと一体であり、その微妙なニュアンスはメロディ抜きでは伝わり得ないのですが、裁判長がダメだと云うので、まことに不本意ながら、以下朗読することにします」
 とせめてもの抵抗。
 しかし、ジュリーはとりあえず朗読するとして、中島みゆき先生の時にもう一回、改めてチャレンジしてみるべきだった。注意されてから朗読に切り替えればいいのだ。最初からあきらめて日和ってしまったぼくの背教者的、「踏み絵踏んじゃいました」的、先生信者にあるまじき態度について、真摯に自己批判し、先生信者の武装組織(「狼になり隊」とか?)があればそのテロ・リンチの類は甘んじて受けることをここに表明するものである。
 情状面において最大の争点となる「反省」「改悛の情」の有無について、カミュの『異邦人』を引用した。ちょっとは格調高くしておかなきゃ、と思って。今回の公演サブタイトル「太陽が黄色かったから」もここから来ている。
 で、赤瀬川原平の『新解さんの謎』などでおなじみの、三省堂『新明解国語辞典』から「反省」の定義を引用し、その「自分の今までの言動・あり方について、その可否を考えてみること」の意味でなら、ぼくは充分に「反省」しているし、これからも一生「反省」する決意である旨、表明した。これで裁判官も、被告人が「反省」しているとして減刑する根拠を得たわけだ。
 しかし、ぼくの要求は無罪判決であり、それ以外のどのような判決も違法で不当である。どうせ違法で不当な判決を出すのなら、ぼくはいっそ死刑判決を望む、として陳述を終えた。
 50数分かかったようだ。
 こんな長い、しかも巻物をえんえん読み上げるなどというフザケた陳述を、制止せず最後までやらせたのも、たぶん裁判長が、いくらかぼくの置かれた状況について同情的だからだと思う。
 最後に陳述書の提出を求められ、ぼくは用意していたA4判の方を書記官に渡した。判決云い渡しを、約2ケ月後の8月27日午後4時10分からとすると裁判長が宣言して、ちょうどお昼の12時に閉廷した。7月中に判決なんじゃないかと危惧していたために、ほっとした。裁判とは無関係に、「だめ連・福岡」でやりたいネタを最近思いついて、ちょっと時間がほしかったからだ。
 例によって、近所の喫茶店で交流会。
 裁判所出口で、連れ出した職員に監視されつつ彼らとダベって時間を潰していたハリマも合流した。前回に続いて今回も「態度の悪い傍聴者」役を熱演した労をねぎらい、『マイ・マジェスティ』助演男優賞を捧げる。
 傍聴者に指摘されたのだが、どうやら裁判長は、あの巻物の提出を求めていたらしい。ぼくは、「提出はA4」と頭から決めてかかっていたので、気づかなかった。
 巻物、提出したかったなあ。ううむ悔しい。
 死刑判決が出たら、メモリアル・パークに飾ってください。

 次回公演 2001年7月3日午後午後1時30庵より108号法廷(民事第3回)
          8月27日午後4時10分より304号法廷(刑事第5回)


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